前の記事では、三島由紀夫『潮騒』(1954)冒頭の三文を文体の面から読みました。ここでは同じ三文を教材に、日本語の文はどう組み立てられているかを一から説明します。文法用語は最小限にして、英語と比べながら進めます。

歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。歌島に眺めのもっとも美しい場所が二つある。一つは島の頂きちかく、北西にむかって建てられた八代神社である。

—— 三島由紀夫『潮騒』第一章

1. 文の背骨 —— 述語は最後に来る

英語の文は、動詞が真ん中あたりに来ます。The shrine|is|near the peak.(神社/です/頂きの近くに)。

日本語は違います。「です/だ/である」や動詞は、文のいちばん最後に来ます。

英語 —— 動詞は中ほど The shrine is near the peak 日本語 —— 述語(である・ある・動詞)は最後 頂きの近くに建てられた 八代神社 である
日本語の文は「主語→目的語→述語」の順で、いちばん大事な述語が最後に来る。だから文は最後まで聞かないと結論が分からない。図:L/LAB

これが日本語の背骨です。「歌島は…である」「場所が二つある」「八代神社である」——三文とも、最後に述語が来て文が閉じます。

2. 助詞 —— 語のうしろに貼る「札」

英語は語順で役割を示します(主語は動詞の前、目的語は動詞の後)。日本語は語順ではなく、語のうしろに小さな「札」を貼って役割を示します。この札を助詞といいます。

語 + 助詞(札) → 役割 歌島 主題「〜について言えば」(すでに話題のもの) 場所 主語(多くは新しく登場するもの) 歌島 場所・方向「〜に」(歌島に=島の上に) 「〜の」(島の頂き=島 の てっぺん) 対象「〜を」(本を読む)※本文には出てこないが基本の一つ 語順を変えても札が同じなら役割は変わらない(英語との大きな違い)。
助詞は語のうしろに置いて役割を決める小さな札。「は」は話題、「が」は主語、「に」は場所、「の」は所属、「を」は対象。図:L/LAB

本文から拾うと——「歌島」(話題)、「場所」(主語)、「歌島」(場所)、「島頂き」(〜の)、「北西むかって」(方向)。札を見れば、その語が文の中で何をしているか分かります。

「は」と「が」の使い分け(つまずきやすい所)

一文目で「歌島は」と話題を立て、二文目では場所という新情報を「が」で出し、三文目でその一つを「一つは」とまた話題にする。この**「は→が→は」の行き来**で、主語を何度も言い直さずに文がつながっていきます。

3. 二つの基本文型

日本語の説明的な文の多くは、次の二つの型のどちらかです。

型A = 「A は B だ/である」(AはBです) 歌島 小島 である =「歌島とは小島のことだ」と性質づける 型B = 「〜が ある」(〜が存在する) 場所 ある =「そういう場所が存在する」と提示する
型A「AはBだ」=あるものの性質・正体を述べる。型B「〜がある」=あるものの存在を知らせる。図:L/LAB

4. 説明は名詞の「前」に置く

英語は、名詞のうしろから関係代名詞(which / that)で説明を足します。日本語は、説明を名詞の前に、そのまま置きます。

英語 —— 説明はうしろ the shrine that was built near the peak, facing NW 日本語 —— 説明は前 頂きの近く、北西にむかって建てられた 八代神社
どれだけ長い説明でも、日本語ではまるごと名詞の前に置く。「頂きの近く、北西にむかって建てられた」+「八代神社」。図:L/LAB

三文目の「島の頂きちかく、北西にむかって建てられた/八代神社」は、まさにこの形です。場所も向きも「建てられた」も、全部が「八代神社」という名詞を前から説明しています。一文目の「周囲一里に充たない/小島」も同じで、「周囲一里に充たない」が「小島」を前から限定しています。

5. 主語はよく省く

日本語は、話題がはっきりしていれば主語を言いません。三文目は「(歌島の二つの場所の)一つは…八代神社である」で、「歌島の」は書かれていません。読み手が前の文から補います。四文目(画像では切れています)も「いま一つは…」と、やはり主語なしで続きます。

6. 時制は最後の語につく —— 「た」=過去・完了

英語は動詞を過去形にして時間を示します(build → built)。日本語は、文末の語に「た」をつけると過去・完了になります。

ただし本文の「建てられ」は、名詞(八代神社)を説明する部分の中にあります。この位置の「た」は「昔つくった」という過去ではなく、「つくられて、今そこに建っている」という完了・状態を表します。地の文の述語(である・ある)は全部「た」なしの現在形。だから冒頭全体が、時間の止まった現在の景色の描写になっています。

7. 数えかた —— 数+助数詞

日本語でものを数えるときは、数字+助数詞(数える単位)を使います。「二つ」は「2+つ(一般的なものを数える語)」。英語の two と違い、これは名詞から離れて動詞の前に置けます。

「(歌島に)美しい場所が二つある」——「二つの場所がある」でも通じますが、「場所が二つある」の語順は、数そのものを新情報として際立たせています。

まとめ —— 三文を全部ばらす

骨組み
歌島人口千四百、周囲一里に充たない小島である型A(AはBだ)話題〔歌島は〕+〔前置きの説明〕+〔小島〕+述語〔である〕
歌島眺めのもっとも美しい場所が二つある型B(〜がある)場所〔歌島に〕+主語〔場所が〕+数〔二つ〕+述語〔ある〕
一つ〔島の頂きちかく、北西にむかって建てられた〕八代神社である型A(AはBだ)話題〔一つは〕+〔名詞の前に置いた長い説明〕+〔八代神社〕+述語〔である〕

日本語の文はこう組み立てられています——述語は最後、役割は助詞の札で示す、説明は名詞の前に置く、分かっている主語は省く、時間は文末の語で示す。この五つを押さえれば、三島の冒頭は文法的にはすっかり見通せます。

もっと踏み込んだ文体の分析は、『潮騒』の叙述を読む記事へ。